いつもどおりの二人

 冷たい風が栗色の髪を乱すのと同時に木々の葉はいっせいに舞い上がる。
エレン・カーソンは背中のマントを押さえながら、ふいに暗闇に飲まれかけた南の空を見つめた。
 (ユリアン………)
 現在、世界中でこれほど切ない表情をしているのはきっと彼女だけだけだろう。
何故ならエレン達一行が三日前に最後のアビスゲートを封印することに成功し、古くから恐れられていた『破壊するもの』も撃退したからである。
 そのことがあってから、人々は宴をあげ、心から喜びを分かち合い続け、商業の景気はみるみる上昇していき街は目にみえて活気であふれた。
 
 しかし、エレンだけは違った。
 自分の故郷であるシノンの裏の森で、1人遠い空に目をやる。

 (…なによ、ユリアンの奴。)
     


 今日は21時からロアーヌで盛大なパーティーが行われている。
 もちろんエレン宛てにも招待状は来た。けれど、23時半をちょっと過ぎた今、エレンはここにいる。パーティーに着ていくような服が無い、というのもあるけれど、一番の理由は、アビス崩壊の祝いの他に幼馴染のユリアン・ノールがロアーヌの男爵へと出世するところにある。
 (……あいつ、私のことはもう…どうでもいいのかな……)
 「エレン!」
 「!」


 振り向いたら、そこにはロアーヌ侯ミカエルによって配布された式服を着たユリアンが立っていた。まるで城から走って逃げてきたかのように、息は極端に切れている。
 両手を両膝につけて手前に屈んだ後、肩を大きく上下しながらエレンにかるく挨拶した。
 これほどの勢いで青年は駆けつけたというのに、彼女の耳に駆け足の音が届かなかった要因は、風の妨げだけであろうか?
 「なっ…、なんで、ここに居るの!!パーティーは?!」
 「はー、はー、そんなの、抜けてきたよ。」
 「どうして………。」
 驚きと嬉しさの混じり合ったエレンは思わず声が裏返る。薄暗いためにユリアンの幻ではないかと自らの目を疑った。
 「あ……いや、その。…やっぱりやめたんだ!……ほら!やっぱさー、男爵だなんて、オレには合わないかなって!……思ってさ。」
 「………………そぅ。」
 
 「………エレン…?」


 エレンは左の手首を目尻の辺りに置く。ユリアンは一瞬その動作が何を意味しているのか判らなかったが、ひくひくというエレンの喉から生まれる細い声を聞きとった。同時にエレンが泣いているという事も悟った。
 反射的にユリアンのブーツが地を蹴り、包み込むようにエレンを抱きしめた。
 
 「う…………ユリ…。」
 「ごめん。…寂しい想いをさせて……。」
 
 エレンの頬を伝う滴はユリアンの小指によって取り除かれる。
 少し汗ばんだ上質な式服と、質素な赤のカットソーの体温が混じるのは、大して時間はかからなかった。
 「ううん、ユリアンがもどって来てくれたから、それでいいの!」
 にっこりと微笑むとエレンはユリアンの体から離れ、いつも通りの素振を見せた。
それを確かめたユリアンも少し遅れて同じように微笑む。
 
 ―――――森の黒も、空の黒も、かき消されてほのかな虹色で染まってしまいそうなくらい、、、――――まぶしく、やさしく、そしてどこか懐かしい笑顔――――
 
 そこには、いつもどおりの二人がいた。

 「これからは、ずっとそばにいてよね。」
 「よし!!風呂も寝るときも一緒に…」
 「バカあー!!!」
 ユリアンは苦笑しながらエレンの拳をひらりとかわす。
 「あははははッ!冗談だってー!」
 「当たり前でしょ!!」
 2人の大きな声は森の最深部まで鳴り響く。
 「ほら、風邪ひくから、早く村に帰るぞ。」
 「分かってるわよ!」
 強制的にユリアンに手を握られ焦ったが、あえてエレンは何も云わなかった。
 灯りが大げさなくらい燈されているシノンでは、明日から開拓民によるアビス崩壊祝いのお祭りが始まる。

FIN・・・


[ No,120 緋凪えお様 ]

-コメント-
はじめまして!新入りNo120の緋凪えおです。
この話は約1年前(中3)の時書いたのを、最近手を加えたものです。
私の理想のユリエレはこんなノリかな・・・
ご感想心よりお待ちしております。