君が好き

オレにあとほんの少しでも

勇気という名の力があれば

あの場で彼女を護る事が出来たかもしれないのに

そして君を悲しませる事が無かったかもしれないのに





かつてない緊迫した空気に包まれていた。
エレンは宿の二階にある大きめのソファーに右肩を埋め、左半分の背を向けたままだ。めずらしく結っていない枯草色の髪が、長時間彼女の表情を隠した。
5cm程開けたドアから覗いただけだが、エレンが寝返りを打った瞬間にだけ、彼女は瞼を閉じているのがはっきりと確認できた。

眠っているのだろうか

それとも


まだ泣いているのだろうか




「何見てんだ」
背後から突然声をかけられユリアンは跳び上がった。

トーマスだ。
「あ、あ、いや、その…」
あたふたしながら僅かに開けていたドアを閉め、ユリアンは脳裏で必死に言い訳を考え始める。だがしかし、

「エレンはそっとしておけと言っただろう?」
行動は既にお見通しだ

トーマスは、いつもそう

「心配なのはわかるけど」
オレの事であれば思考だってお見通しで

「昨日エレン、暫く一人になりたい、ってアンナさんに言ってたみたいなんだ」
少なめの口数で人を説得させる

「だからさ」
申し訳なさそうに笑んで

「行こう。明日あたりにはエレンも落ち着くだろうから」
彼の予言が外れるのは見たことがないから


「…ああ、分かったよ」
彼に従うのが最善な術だと思いこんでしまう
毎回惑わされてしまう



才能がある

村のリーダー的存在としての才能も
商人として世界に通用する才能も

極めて短所の少ない最高の幼馴染だ



それでも

「でもさ、やっぱちょっと」
今回だけはオレの気持ちを譲れない

「行ってきていい?」

エレンの気持ちが痛いくらいによくわかる
ずっと護ってきた大事な妹を

あんな場所で

あんな闇に



失ったのだから






「……はは、わかったよ」
今度は呆れたように笑う


「じゃ、任せるからな」
「ああ…!」
トーマスは、やはり最高の幼馴染だ




トーマスが階段を降りると廊下に一人残されたユリアンは、大きく深呼吸をした。お祭り等楽しい事が大好きなユリアンは、本来このような場面で女性を励ますのはあまり得意ではなかった。
しかし自分がそんな彼女の傍に居てあげなければと強く思うのは、他の誰でもない、

彼女が愛しいエレンであるからだ。



もしも君が眠っているのなら
君が悪夢に遭わないように手を握ってあげたい


もしも君が泣いているのなら
寄りかかるこの胸を貸してあげたい


単純過ぎて
トーマスにも
他の仲間にも
見透かされているかもしてないけど

馬鹿と間違えられそうなくらいまっすぐな
この想いを

いつか伝えたい








君が好き








「エレン」

名前を呼んでから少し間をおいて
こんこん、とノックする。

「……ユリアン?………」
枯れたような弱いエレンの返事が聞こえると、安心したような表情でさっきまで顔を近づけていた木製のドアを惜しげなく開かせた。

「あっ、あのさ……入るね」






[ No,120 緋凪えお様 ]

-コメント-

サラが消えて落ち込んでいるエレンをユリアンが励ますシリアス…です(^_^;)
(トーマスがちょっと出張っていたのですが;)