露
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「雨か……、どうする?」
先頭を歩いていたトーマスは振り向かずに仲間たちへ問いた。
「オレはどっちでもいいぜ?」
ハリードは平気な顔をしてみせた。続いてミカエルが口を開ける。
「ここまで登ってひき返す訳には行かないだろう。」
威厳を伴うロアーヌ侯爵の発言には、誰もが納得した。
「そうですね。じゃあ皆ぁ、足元すべるから気をつけていこう!」
雨が降ってからどれくらいの時間が経っただろう。
トーマス、ハリード、ミカエルは順調に足を運んでいった。その後ろからエレンとユリアンがゆっくりと足跡を踏む。
5人はタフターン山の頂上近くにあるビューネイの巣を見つけ、破壊する予定だった。
――そう、突然の騒ぎさえ起こらなければ。
―――― はあ、はあ。…は……
――――……体が熱い…―――
「ん?」
ユリアンはエレンが先ほどから俯いたままで、足元しか見ていないことに気が付いた。
「エレン?大丈夫?」
ユリアンはさらにエレンの足取りが遅くなっていることにも気が付いた。
「うん……。平気よ。」
「ならいいけど。」
雨はだんだん激しくなってきた。バケツをそのままひっくり返したような滝雨は山全体をより強く打ちつける。
エレンは今まで自分の様態が良くないことを隠し通していた。
頭がくらくらとして身体が思うように動かない。
しかし我慢も限界を超すときがきた。前衛にいる緑色のジャケットに、勢いよく倒れ掛かった。
「ううっ。ユ……。」
「わぁっ!!エレン!!!」
ずれ落ちそうなエレンを、ユリアンは慌てて自分の懐へ引く。
「エレン??エレン!!しっかりしろ〜!」
エレンは目の前が真っ暗になった。誰かが私をおぶってバシャバシャと下山する。
――――温かい。
「エレ…、エレン。」
気が付くとエレンは温かい羽根布団にくるまって横になっていた。
隣にユリアンが居るのに他の仲間が居ない。
時刻は21時。ここは前にも何度か利用したことのある、ミュルスの宿屋である。
「あれ?………なんで……。」
「起きちゃだめだ!」
起きあがろうとしたエレンはユリアンの手の平によって再びベッドに押し戻された。
「まだ、熱、38度もあるんだぞ。」
「…………………うそ。」
「嘘じゃない。…エレン、具合が悪いときはオレにちゃんと言えよな!どうせ皆に迷惑かけると思って黙ってたんだろ?」
「……ごめんね。」
説教をされながらもエレンはしっかりとユリアンを見つめる。その魅力的な視線を感じ、ユリアンは思わず顔を隠した。
「あ。いや、…これからは無理しちゃだめだからな?」
「うん。ところで、トム達は?」
「……あぁ。タフターン山の中間地点で中間キャンプつくってさ、三人には先に進んでもらうことにしたんだ。」
二人は何となく窓の外を見た。暗闇に包まれる中、先ほどと比較すれば雨はだいぶ弱まっていた。
エレンの記憶が頭の中を巡る。
「ユリアンが、私をおぶってくれたのかぁ。」
「そうだよ。」
普段おしゃべり好きのユリアンも、もう1名立候補した者がいたがミカエルに『戦力が欠ける』と止められた為、自分が不戦勝で選抜されたことまでは、まさか説明しない。
「わざわざ、ありがとうね。」
紅く染まった頬を枕にくっつけながら、少し困った表情で微笑みかける。
ユリアンは5歳の頃から今も変わらず、エレンのこの笑顔に相当弱かった。心臓が高鳴る。
―――制御してもしきれない、脳裏をかきまわる欲望。
出来るものなら今すぐ唇を重ねてしまいたい…――――
呼吸を止めた。
「…ユリアン?」
エレンはぼーっとしているユリアンの瞳を不思議そうに覗き込んだ。
………
………
「……えっ!? あっ、あぁ、どしたの?」
ユリアンが我に帰った。まるで心中をエレンに見破られたかのように慌てて。
「大丈夫?今ぼーっとしてたよ?あたしの風邪うつったんじゃ…」
「そ、そそんなことないよ!」
本当に?―――と疑うように、エレンは再びユリアンを見つめた。その上目遣いがユリアンをそうさせている原因だとは全く知らずに。
「…ん……あー。だいじょぶだよ。うん。……それじゃあ俺もそろそろ寝るから!
ゆっくり休むんだぞ。うん。…じゃあ!!」
そう言うとユリアンは駆け足で部屋を出た。ばたんと大きな音を立ててドアを閉める。明らかに様子がいつもと違っていた。
「?……へんなの。」
一人部屋に取り残されたエレンが、ぽつりと呟いた。
―――その頃。
「プッ!!プハハハハ!!!もっと飲め飲め!!遠慮はいらんぞ!!」
「うぃ〜っ。ひック!それでは私もお言葉に甘えて!」
―――ミカエルとトーマスはタフターン山の頂で、酒を暴飲しまくっていた。
「ハリード!お主も飲んだらどうだ?私のおごりだ。」
「いや……やめておく。俺には構わないでいい。」
「どうした?トルネードと呼ばれた男もついに落魄れたかーー!ぶっブハハハハハハハ!!!!」
「………。」
ハリードは酒のにおいが染みこんだテントをこっそり出た。
星を見上げる。
(まったく……あのやろう、今ごろエレンの手を握って寝ているんだろうな…)
チッ、と舌打を鳴らす。
そしてどうして自分はエレンの様態に気付く事が出来なかったのか。ハリードは、ただただ後悔するしかなかった。
「おおーーい、ハリード、ハリード、お前も酒に付き合え〜!これは国王命令だ。グハハハ!!」
テントからは目出度い声が絶えない。
「うるさい!!!」
怒りを堪えきれなくなったハリードは、身につけていた三日月刀をテントに思いっきり投げつけた。
[ No,120 緋凪えお様
]
-コメント-
お決まりの風邪ネタです。感想まってます(^^;)
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