果てしなく強い風の中で
 グエインに乗ってビューネイと戦えるのは主人公一人だけなので、こんなことは起こりえるはずがないのですが、「もしも」の設定を使って想像力で書いてみました。
「もしもカタリナがミカエルと一緒にグエインの背中に乗って、ビューネイと戦うことになったら…。」
 でもこの話、大した内容ではありません。はい。


 カタリナはミカエルの方を見た。風に吹かれた長い髪は、それ自体がまるで生き物のように動いている。それはカタリナに、ビューネイの魔力的な美しさを思い出させた。見目美しき、金の髪。
 古代の人々は運命というものを、女神が紡ぐ時の糸にたとえていた。誰がそう決めたのか、運命と名付けられたその女神の糸は、金色をしている。
 何故にそう思ったのか、その糸に手が届く限り、私は負けないのだと。
 しかし、カタリナがその御髪にふれたことはなかった。
「ミカエル様」
 声をかけた。風が強すぎるだけで、聞こえなくなる。
 カタリナの胸は高鳴っていた。これから起こるであろう戦いのことを思ってか。
 それとも。
「…………」
 ミカエルは、一度大きく深呼吸するとカタリナの方を向いて言った。
「なぜついて来たのだ」
「心配だったのです」
 カタリナは答えた。
「心配か」
 ミカエルは答えた。
「おまえに見透かされたようだな」
 それだけの会話。
 沈黙は長かったように思う。
「わたしは、死ぬかもしれない」
「何をおっしゃるんです!」
 カタリナ。
「ミカエル様、お引き戻りください。ならば、ここはわたしだけで…」
 ミカエルは、自嘲気味に笑って見せた。それは、カタリナが見たことのない笑みだった。
 ただでさえ笑うことは少なかったが、こんな笑みははじめてだ。
 ミカエルの素顔を垣間見たようだ。
「おまえは本当にロアーヌとわたしのことばかり考えているのだな」
 ミカエルは言った。
「当たり前です! それ以外のことなど…」
 それ以外のことなど、カタリナには皆無だった。
「おまえはわたしとわたしの国だけのために死に、生きることが出来るのか」
 ミカエルはそうつぶやく。カタリナは訊いた。
「ミカエル様は、国のために命を…?」
 多くの部下がロアーヌを想い、祖国のために命を懸けている。その中心にあるべき皇帝は、何をお考えなのだろうか。
「国のためだけに死ぬことは出来るが、国のためだけに生きることは出来ない」
 ミカエルはそしてカタリナの方を向いた。
「それがわたしの本性だ」
「ミカエル様…?」
 風に吹かれて、ミカエルの髪がなびく。衿がはためく。ふざけて城の城壁に上ったときも、船の上で空を見ていたときも、ダンスの会場でミス・クラウディウスと踊ったときも。
 遙か空、飛龍グエインの背に乗っている今も。自由になびき、はためくその御髪。
 そしてそのミカエルを見つめつづけてきた、カタリナ。
「わたしは今、人を食う龍の背に乗り、魔貴族と戦おうというのだ」
「ミカエル様…?」
 言っていることの真意をはかりかねて、カタリナは戸惑った。
「それは…」
 悔しく思いながら、カタリナはミカエルに尋ねかける。ミカエルは静かに言った。
「一国の主のとる行動ではあるまい。この一大事に国を離れ、兄弟も跡取りもない。何処に息絶えようとも、己自身の身勝手に勝てないのだ」
 カタリナはミカエルの顔をまっすぐに見た。
 何もかも自分で決めて来たミカエルだ。答えを欲しているのだろうか。
 返答に困り、動けなくなった。頬が、高い空の空気で冷えて、雪の日のように赤らむ。
 ミカエルの頬は、氷のようだ。目は人を寄せつけない海の底のようだ。
 カタリナには、そう思えた。
「言ってみただけだ」
 ミカエルが口を切り、カタリナの時間を動かす。
「あまりに静かで、話す言葉も思いつかなかった」
 もしかして、と、今度はカタリナがミカエルをのぞき込む番だった。静寂に耐えかねてたのは、ミカエルの方だったのだ。
 カタリナは笑った。ミカエルは、それを上から見ていた。
「身勝手な部分に、己を感じるのだが…」
 ミカエルは、前を向いて最後にこうしめた。
「本当に自由になるのは、難しいことだ」
 カタリナは、目を閉じてみた。カタリナの幸福、カタリナの不幸、それはほとんどミカエル次第の哀しい存在だった。離れて生きる今も、それは続いている。
「お仕え申し上げることが、わたしの自由です」
 勇気をだしてみたものの、あまりに小さく、かすれた声しかでなくて、ミカエルには届かなかった。それでも、声に出された言葉は力を増して、カタリナを強くしはじめた。
「見えたぞ…やつか」
 ミカエルの声に、カタリナは大きく頷いて剣を構えた。
 風も、想いも、相変わらず強い。


[ No,195 ランカーク様 ]