“蒼穹の彼方に〜Stage of the ground〜”


 全てが壊れ、砕け散った瞬間見えたのは、星々の世界だった。
 数多の光と、そこに育まれる薄い膜で守られた生命に溢れる世界。青い海と緑の森、赤や白の大地。そこに息づく無数の生命。でもそれらは余りにも小さく、そして儚い。
 それらは全て、微妙なバランスの上に存在している。全ての生命は、その中でしか生きていけない。
 ここから向こうへ。もしまだ命があればあそこまで行ってみたい、そう思った。


 空を見上げる。目に入るのは、数多の星々。
 ここはヨハンネスの天体観測室、その外のテラス。
 “レンズが曇るから”と暖房を入れられない部屋の中も相当寒いが、外は更に寒い。
 でも、そんな事を忘れてしまう程それは美しかった。
 こんな事さえ、しばらく忘れていた。
 ――サラがいないから。

 4番目のアビスゲートを閉じた時、あの子はいつからか一緒につるんでいた男の子をかばって(あたしにはそう見えた)ゲートの向こう側へ行ってしまった。あたしはそれが信じられなくて、認めたくなくて――でもやっぱりサラはいなくて、あたしは抜け殻になった。あの子のいない世界に意味なんてないから。
 サラの所へ行きたかった。でも行けなかった。だってあたしがこの手で全てのゲートを壊して来たんだから。2度とアビスの奴等がこっちに来られない様に。こっちからも行けない様に。それが裏目に出るなんて、思いもしなかった。
 そんな時に届いたのが、ヨハンネスの手紙だった。

 そこに書かれていたのは1つの可能性だった。
 あたしはそれを確かめたくて、すぐにランスに向かった。
 予告も無く現れたあたし達を迎えてくれたのは、やはりアンナだった。ヨハンネスもあたし達が来る事を予想はしてたけど、どうしても昼間起きて待つのは難しいらしい。それでも来たって事を聞いて、すぐに起きて来てくれた。
 ヨハンネスは教えてくれた。アビスゲートを全部閉じたにも拘らず続いている天体の異常な運行、未だに残る空間の歪み、他にも色々な事から考えるとまだ他にも、それも東に――川に流され偶然行き着いてしまったあの東の世界に、5つめのアビスゲートがある可能性があるって。
 更にヨハンネスは死食以前と以降の星図を出して、それを並べて見せながら説明してくれた。何だかよく分からなかったけど、それでも死食が起こった事でいきなり違う位置に星が移動した事は分かった。そしてそれが未だに戻らない事も。本当なら戻っているハズなのに。
 夜になって、ヨハンネスは滅多な事では人を入れないと言う観測室に、あたし達を入れてくれた。そしてそれだけじゃなくて、望遠鏡っていうのも覗かせてくれた。びっくりした。ナマで見るよりもずっときれいで鮮やかな色とりどりの星々が見えた。
 “これ、ぜんぶ、アレ?”
 茫然としてあたしが聞くと、ヨハンネスは頷いた。自慢する様に。誇らし気に。
 “見事なモノでしょう?”
 あたし達は、時が経つのも忘れてレンズ越しの世界に見入っていた。交代で見た。そして改めて自分の目で夜空を眺めた。ヨハンネスが観測熱心な理由が、分かった気がした。
 ……本当は、そんな場合じゃなかったのにね。でも間違い無くこの瞬間、あたしはサラの事を忘れる事が出来たのだ。

 それからあたし達は東へ行った。ツィーリンを通してバイメイニャン、ヤンファン将軍に会い、問題のアビスゲートは黄京城にある事を突き止めた。そしてヤンファン将軍に陽動をお願いして、あたし達は黄京城に突入し、そして――
 あたし達は、アビスゲートをくぐった。

 そこは、死の息吹に満ちた場所だった。
 これがゲートの向こう側――どろりとしたまとわりついて来る様な漆黒の闇。いつかの死の祈りが聞こえて来た様な気がした。
 あたし達を奥へ行かせまいと襲って来る四魔貴族の本体を倒し、あたし達はサラを見付けた。その1番奥に。
 サラの後ろには無気味な程黒い星。あれが死星――全ての元凶、歪みの原因。
 あたし達と一緒に来た少年が――サラがかばってまで向こうに残して来たあの子が、引き寄せられる様にサラの方へ行く。溢れ出す破壊へと向かう力に、サラが呟く。やっぱり死の定めは変えられないのねと。
 そんな事にはさせない。あの星がある限り変えられない定めならば、力づくでも変えてやる。コントロール出来なくてもいい。生きる力を――生命の力を、そこから引き出して!
 “サラ、帰ろう”
 その力を前にした、あたしの言葉――きっと、届いたはずだ。


 それは全てを破壊した。何もかもが砕け――あたしはどうなったんだろう? 気が付けば、星々の海に浮かんでいた。
 “これは、太陽”
 どこからか声が聞こえて来た。その声が示す方を見ると、黄色に輝く大きな星がそこにあった。
 “これは、大地。君が生まれ育った星”
 次に示されたのは、黄色い星に比べたら遥かに小さい青い星。その青に縁取られた赤と緑の大地は、地図で何度も見たあたし達の住む世界だった。でもその下に、見覚えのない大地が見えた。
 “そう、君達が知っているのは、大地のほんの一部でしかない”声は言った。“そして、これが世界”
 再びあたしの周りに星々の海が広がった。明るい星、暗い星、青い星、赤い星、緑の星。沢山の星が光ってる。
 “世界には、こういった太陽と大地の組み合わせが沢山ある。勿論、太陽だけのものもある。そして太陽が無ければ、大地は存在出来ない。君達が大地が無ければ生まれて来なかった様に”
 “他にも、こんな場所があるの?”
 “君達の様な存在が生きられる場所がどれだけあるのか――それも沢山あるのか、分からないけどね”
 “……行ってみたいなぁ”
 心から、そう思った。もっと遠くへ、ずっと遠くへ――誰も見た事の無い世界へ。
 “君なら、行けるかもしれないね。いつか、きっと”
 その声はただただ優しかった。姿は見えなくてもそれだけは分かる。
 “さあ、もうお帰り。君のいるべき所へ――君を待っている人々の所へ”
 “……あなたは、誰?”
 あたしの問いに、その声が笑った様な気がした。


 気が付くと、あたしは緑の草原に寝っ転がってた。
 全ては終わった。世界は元通りになった。
 いや、違う。アビスゲートが消えた――そう、死星が無くなったのだ。これでもう宿命の子は生まれない。300年に一度起こる死食に怯えなくていい。
 あたしはまた旅に出た。あの時、下に見えた――つまり南にある大地を目指して。
 船はブラックが調達してくれた。この話をしたら目の色変えて飛びついて来たのだ。
 他にトーマスやハリード、タルトも一緒に行く事になった。こうなったら、この世の果てまで付き合ってもらおうか。
 見送りに来てくれたみんなに再会を誓って、あたし達は南の海へ船出した。――まだ見ぬ世界への期待を胸にして。
 だけどこれはあたしにとって始まりに過ぎない。本当にあたしが行きたいのは、あの瞬間に見た星々の海。無限に広がるあたたかな、アビスと違って生命の息吹を感じるあの闇の向こう。
 この青空の向こう。遥か彼方に広がるその世界に行ける方法を手に入れたなら。
 いつかきっと行ってみせる。あたしはそう思った。



 comment by sword
#今度は書き下ろしです。エレンの1人称で書いてみましたがどうでしょう? どーにも好きなキャラには感情移入しにくいので自分の好きなモノへ興味を持たせる事で誤魔化しました(・_・;

#しかし前回はOPイベントで今回はEDネタ……う〜む。ちなみにタイトルの横文字の方は某アーティストのアルバムの1番最初に入ってる曲から。気になってたシングル曲が入ってたんで買ってみたらば、この曲が丁度いい具合にイメージがハマったんで。

#“もっと遠くへ、誰も行った事のない、人間に可能な限り遠くまで”というのは誰の言葉だったか……キャプテンクックか?(違ってたらスイマセン)とりあえずエレンの心情としてはそれをベースに。宇宙への憧れはまんまsword自身の望みだけど。早く来ないか庶民が手軽に宇宙旅行に行ける時代。今の所、まだまだ金持ちの道楽の域を越えないからな……(TωT;

#後はやっぱりエンディングのアレですね、船の上で最終戦参加キャラとサラ&少年のステータスが表示されるアレ。それと再び船に乗るブラック。それらを合わせて連想してエレンのエンディングに結び付けた結果がこの話です。でも打ち込みながら長くなりそうになる度に切ったり貼ったしたので内容がキューキューに詰め過ぎなカンジ(見方によってはカスカス)。しかもまたもやゲームにいないナゾなヤツがいるし……失礼しました。

#余談。sword自身は裸眼星見なので望遠鏡や双眼鏡の類は持ってません。ヨハンネスが羨ましい……



[ No,199 Sword様 ]