「彼のイメージ」
 月明かりの差し込む部屋の中で、若者は顔を伏せ、長いこと物思いに沈んでいた。
 彼は横目で鏡を覗き込む。幾度救いを探したところで、そこに望むものなど何ひとつありはしない。
 瞳に暗い色をたたえ、口許ばかりを自嘲の笑みにひきつらせた、己の顔が無機質に映るばかりだ。

 彼の右手には刃物があった。
 鈍い銀色の輝きはどこまでも冷たい。触れたさきから血を生じさせそうなほど鋭いその刃に、若者は一体、どれだけの夜を惑わされたことだろう。
 ――もう、終わりにしなければ。
 そう、彼は口の中だけで呟いた。
 ――これを使いさえすれば、それですべて解決する。……もう、悩まなくて済むんだ。

 彼は刃物をこめかみに押し当てた。
 鏡の中の自分に微笑む。

 ――もっと早く、こうしていれば良かった。




「はっ、早まるなァーー!!!!!!」

ぅわぁ!!


 背後で父がものすごい叫びを上げたので、ライムはハサミを持っていた手を滑らせて、危うく目尻に切り傷を作りそうになった。
「……な、何だよ、父さん」
「お、お前という奴は。なんて、なんてことを」
 トラックスは息子の手から強引にハサミをもぎ取り、目に涙を浮かべながら彼を諭す。

「いくら地味根暗猫背ヘタレ女の子に見向きもされないからって、親から貰った命を粗末にするとは何事だ。父さんは、父さんはなあ。お前をそんな男に育てた覚えは、うう、ないんだぞう」
「粗末に……って、僕はただ、髪を切ろうと

 『してただけなんだけど』という語尾と、『どうでもいいが実の息子に向かってそこまで言うか』というツッコミを心の中で省略し、ライムは父に言った。
「はぁ? 髪をだと?」
 予想外の言葉に、トラックスも目を丸くするばかりである。

「……その……忙しくて、休みに床屋に行けなくて。かといって、自分でうまく切る自信もなかったから……」

「なんだ、こんな夜更けに刃物持って思いつめた顔なぞしてるもんだから、儂はてっきり世をはかなんで自殺でもしようとしてるんじゃないかと思ったよ」
 トラックスは胸をなで下ろして言った。
「ちゃんと言ってくれれば、儂が切ってやったのに」
手にしたハサミを息子に返す。

「いや、大丈夫」
 実は常々父のセンスに疑問を抱いていたライムは即座に首を振った。

「切り終わったら寝るから……」
 『心配しないで父さんはもう休みなよ』という温かい言葉を、彼はまた心に呑み込んでしまう。実の父親にまで内気な息子である。
「わかったわかった、全く心配させおって」
 早いとこ片付けるんだぞ、という台詞を後に、トラックスの巨体は階下へ消えた。


 …………さて。今度こそ、きちんと散髪しないとな。
 父さんを驚かせてしまったし、とりあえずは簡単に切り揃えるだけにしておこう。
 ……い、いくぞ。まずは右の端っこから、思い切って、

 じゃきん。

 ひぁあ! しまった刃の角度を考えていなかった。長さが段違いになっちゃってるよ!
 ……ええっと、じゃあこっちを真ん中に合わせて揃えないといけないな。今度はきちんと、平行に……

 じゃきん。

 よし、完璧だ。見事なまでに水平な前髪のライン。……って、これで表に出たら笑い者だよ。もう少しこう、自然な感じにならないものかな。ハサミを縦に入れていったら何とかなるかな?

 しゃき、しゃき……しゃき。

 ……お? うん、いい感じだ。これで右端は何とかなったな。次はその隣を同じように、(中略)

 うわ! やっと切り終えたと思ったら、左と右の長さが全然違う! ああ、もっと鏡を離して置いておくべきだった。僕としたことが何という不覚。……しょうがない、右の方をもう一回切り揃えて……


「お早う、ライム。……なんだ、随分短く切ったんだなあ? オデコが丸見えじゃないか」
「……うん……なかなかうまく切れなくて……

「おや、良く見たら後ろはそのままなんだな。こういうのが今は流行りなのかい?」
「…………ううん……前髪切り終わったら……朝になってて……

「あーあー本当だ、目の下が凄いクマになってるぞ。……仕方ないな、やっぱり今日、儂が切って」
いや、いい(即答)

「……とりあえず、次の休みにはちゃんと床屋へ行くんだぞ。前髪だけで一晩中かかるようじゃ、後ろ髪なんか切れたもんじゃない」
「………………うん……」

 こうして怪傑ロビン(本物)の髪型が誕生した。(了)



【筆者注】
1)攻略本等に掲載された、ライムのイメージイラストをご覧頂きますとより一層楽しめます(というか、ご覧頂かないと意味が解らないと思います。)
2)「ライムって誰?」というツッコミは御遠慮ください。泣きます。筆者が。


[ No,59 春原志源様 ]