Romancing SaGa3 番外編
「いつか」としか言えなくて
 大体いつものことなので、もう文句を言うつもりもなかった。いつもいなくなるばかりのこの王様は、今日もさっさと旅行鞄をひょいとさげて出掛けていく。同じ部屋にいることも多いのに、俺はこの中身を知らない。準備が早すぎるんだ。開いて荷物を確認していたかと思うと、もうこの部屋を出ていってしまう。旅慣れすぎたこの王様は、言葉どおり『しょっちゅう城にいない』。帰ってくる時といえば、国が戦争の危機にあるときとか、軍事演習の時とか…。俺から見るに、まったくの戦争屋そのものだ。
「どうだ?」
「いつもと変わりありません」
「そうか」
 こんな会話で国の内情を納得できる王がいるものか。…ここにひとりいるけれど…いやいや、王様なんていつもそんなものか。『よきに計らえ』ときたもんだ。しかしこのひとは国の為に死ねるらしい。結局あの魔貴族ビューネイの危機からロアーヌを救った。このひとがロアーヌを守っているのは確かなんだ。なのにどうして国にとどまれないんだろう…。
「いつものように後をたのんだぞ」
 言われる前からわかっております。いってらっしゃい。
 人の心を持たないような、行きずりの、夜盗や魔物に命をとられたら…、なんてこと。この人は確かにロアーヌの為に死ねるのに。
 午後になって、仕事のキリが良くなったころ、モニカ姫がいそいそとやってきた。
「ただいま戻りました」
 どこかへ行ってきたらしい。格好からすると川辺へでも遊びに行ったんだろう。バスケットを持って行ったにしては帰りが早い。昼食を入れていっただろうに。
 俺がそのバスケットを見つめていると、モニカ姫が、くすくすと笑って言った。

「ユリアンが、バスケットを川へ落としてしまいましたの」
 幸せそうに、そう言った。
 のろけ話だな、これは。後ろに控えているユリアンが面目なさそうで面白い。こんな無礼が許されるのは、ユリアン、お前はそろそろモニカ姫を突っぱねるべきなんだ。でなければあのエレンっていう女をあきらめろ。
 俺がそういう話を知っているのは、興味があるからではなくて。モニカ姫に近づく人間の裏くらいはとるのが常識だからだ。
 そのユリアンが俺へ言った。
「あの、ミカエル様も外とかへ出かけたらどうですか?」
なんてこと。
「外か」
 俺が、眉をよせて…ミカエル様がよくやるように…そうすると大抵の人はものの続きを言えなくなるのだけれど。
「はい、あんまりいい天気なものですから…」
優しいユリアンは、王宮では少しだけ間抜けなんだ。そしてモニカ姫は、そんな飾らない青年を好きになったんだ。
「お兄様も、仕事ばかりなさっていては体に毒ですわ」
 優しいモニカ姫はそう言って、『兄』を気遣った。心配ありません、あの御方はすでにミュルスでから船の上でございましょう。外でゆうゆうと遊んでいらっしゃいます。モンスター討伐のバイトなどをなさっているかも知れません。
 とにかく、何だが城の中にいてはいけないという雰囲気になってしまい、俺はブーツに履き替えて、城の裏手へ回った。
 馬にでも乗ろうと思ったんだ。
 馬小屋で、カタリナさんと会った。
「ミカエル様!」
 嬉しそうに叫ばれると、ばつが悪い。俺は悲しい。この戦う女性を俺は美しいと思うからだ。
 …というか、城へ戻ってきたミカエル皇帝に向かって「お前なんか知らない」って叫んで追い出してやりたい。そしたらこのひととさぁ…。
 見つかってよかったね。あなたにはマスカレイドが本当によく似合う。
「こんなところでどうした?」
 すると、カタリナさんはうつむいて言った。
「よろしかったら、ご一緒させていただけますか?」
 なるほど。モニカ姫ってば。ミカエル様とカタリナさんを二人っきりにしようって魂胆か。
「悪いが遠慮してくれ」
 この美しい剣士を拒む理由は簡単。俺がミカエル様じゃないからだ。カタリナさん、マスカレイドって意味、知ってる? Masquaradeって書くんだ。kがqに変形して気づけないんだろうね。Maskつまりは仮面、仮面舞踏会って意味なんだ。
 俺は君の探している相手じゃないよ。それに、踊る気分にはなれなくて。いつも踊らされっぱなしなんだから、あのひとに。
 馬にまたがって、カタリナさんを見ると、それでもひとこと、あやまらずにはいられなかった。
「悪いな」
「いつものことですから」
 苦くさみしい笑いを、カタリナさんは込めて俺を見た。
「いつか、連れていってくださいね」
頑張ったのだろう、少し震える小声でそう言った。
「いつか」
 口が思わず動いた。素顔が出そうで、俺はさっと馬を走らせた。少し怖かったからだ。
 昨日までの雨が嘘のように晴れて、速い風が雲を走らせ、まぶしかった。草がなびくとそこに出来る、風の形を馬で追いかけた。人は風にうとい。空気のことは鳥に聞けばいい。円く輪を描いてトビが飛んでいる。明日も晴れてくれるらしい。人間がいくら頑張ったって、空のことは鳥に聞いたほうが早いんだ。それが羽を失った俺達の宿命なんだろう。
 どこへ行こうかな、と考えて、馬鹿らしくなった、なんてこと。そんなもの、決めなくてもいいってこと。
 馬が分かれ道の前で止まって、俺を見た。
『どっちへ行くの?』
「気の向く方へ」
 呟いて、俺は手綱をきった。どっちへ曲がったかなんて、よく覚えていない。
 地図を見て行った気になっているなら、そんなもの焼いてしまえばいいんだ。俺はこの辺の地理を調べたこともあって詳しい。でも知っているわけじゃないんだ。これから見て、知りに行く。
 家へ帰る道を一つ反対へ曲がってみたら、そこに何があるのかなんて。ほとんどの人が知らないということ。気持ちの続く限りは、寂しくなんかないんだ。
 誰にも気を使いたくない。誰からも名を呼ばれない。自分は一体誰なのか、自分で決めること。
 ぞろぞろみんなでうろついたりしなくて済むし、わざわざ無視しなくても済む。自分の表情なんて気にならない。そう、全てがお気の召すがまま。心以上にエライ奴なんてこの世界には存在しはしないんだ。
 丘の上に立って、ひときわ強い風を受けた。髪がくしけずられて、少し寒いと感じると、ようやく『ひとり』になった気がした。部屋の中よりは効果がありそうだ。だって、そろそろ、ひとに会いたくなったから。
 日が沈むんだ。
 あんな走り方をしてしっかり城へ戻れた理由は、前言撤回。地理の知識のおかげだったけれども。迷子の王様なんて、恥ずかしすぎる。
 馬を小屋へ戻して、城の中へ入ると、なんとなくいつもより腹が減っていた。
 そこで廊下でカタリナさんに会ったんだ。
「おかえりなさいませ」
 少しさみしそうに笑うこのひとを見て、たとえあのひとが心苦しいと思ったとしても、無理なんだろう。一緒に出かけるのは。誰にも干渉させたくない世界が、あのひとには多すぎる。
「いつか」
 カタリナさんの唇がそう動いたような気がした。
 表面をまさぐって仮面で微笑むか、心の真理をまさぐって黙りこくるかのどちらかだ。
「いつか」
 そう呟いて、あとは何も言えそうになかった。


[ No,195  ランカーク様 ]