アウスバッハ家の謎

 

ロアーヌ候国を治めるロアーヌ候ミカエルと父である先代のフランツには、色々なウワサがあったようだ。 その噂の真相に近しい者は彼ら親子の忠実な家臣の中で最も信頼のある側近ではなく諜報活動と身代わりを任されている影の隠密部隊であることは言うまでもない。

 

現在、侯爵位を継いだミカエルがロアーヌを統治して数ヶ月経つが、今日は遠征や施政で大きな動きがないと見切りをつけたミカエルは影武者に留守番を任せてお忍びで外出中だ。 主君の執務室で影武者は、今日のような澄みきった青空を風に吹かれるまま流される雲を眺めていると影武者の任に就いた当時に起きたロアーヌの街で最も長く語り継がれていた伝説的な事件を思い出し、溜め息を吐いた。

 

 

ロアーヌ侯爵フランツの息子ミカエルは18歳になったばかりだ、宮殿では大人びている雰囲気があるのだが、お忍びの外出時は普段の息苦しさを感じないせいか年相応の少年らしい顔立ちに自然となっていた。 新しく自分の影武者に就いたばかりの若者に身代わり任せて宮殿のあるロアーヌの城下町にお忍びで外出していた。

ミカエルは、最愛の妹であるモニカをこれまで刺客から命懸けで守ってきたのだがフランツが、つい最近、ロアーヌの名門貴族ラウラン家の息女カタリナをモニカの護衛の任に就けて以来、たまに一人で過ごせるお忍びの外出をいたく気に入ったようで、楽しくて堪らないようだ。

 

ミカエルは街をのんびり歩いていた。 しかし、いつも活気のある街なのだが全くその雰囲気もなく静まり返っていた。 宮殿内でも噂になっている通り魔による連続殺人事件を思い出し”民の生活を守る役人や兵士は何をやっているのだ!”と内心激しい叱責をしながら、街の様子も気になり、ミカエルは事件の情報を得るべく酒場に足を運んだ。

 

 ロアーヌの街でも大きなバー‘シャンゼリゼ’に入るなり、日中から酒の匂いがムワッと立ち込めてミカエルは思わず口を押さえる。

それを見ていたいかにも飲んだ暮れに見える初老の男の第一声が入ってきた。

「よう、そこの兄ちゃん、どう見てもまだ子供だな。酒の匂いでもう酔ったか?」だった。

「昼間からよく酒が飲めるものだな」

言われたミカエルも、カチンときたようで表情を出さずに皮肉を込めた冷たい返事を返す。

他の客はケンカになるのか興味津々で眺めている。だが、マスターは二人の間に割って入り、

「まあまあブンさん、兄ちゃんはまだ子供なんだ、そこまでにしてくれないか。 よう兄ちゃん久しぶりだな、来てくれて嬉しいぜ。 ここの所、殺人事件のせいで街は静まり返り商売はこのザマだ。 フランツ様は俺達を気に掛けているようなんだが、目下大臣の手下の役人や兵士達は俺達の生活なんざ関係ないらしく気にも掛けねぇ。 役に立たない役人より、兄ちゃんの鮮やかな推理で事件が簡単に解決するのはいつ見てもスカッとするからな。 今回は噂の殺人事件の捜査だったら喜んで協力するぜ」マスターの言葉を聞いた、飲んだ暮れは「兄ちゃんがあの巷で有名な名探偵か! そいつは悪かったな、おお、わしはブラウンと言うんじゃ。 子供だが一杯くらいは平気だろ、奢りじゃ一杯飲めや」と、酒を勧めるブラウン。

酒を勧められたミカエルは丁重に断り、酒場に向かう途中購入した地図を広げてマスターに詳しい情報を聞き始めた。 いつしか周りにギャラリーが増え始めていたが、当の本人は未遂事件も含めて起きた事件の場所を地図に入念に書き込みながら脇にメモを入れていき、一通りの作業が終わると現地捜査に赴いた。

 

昨晩起きた最も新しい殺人未遂の現場に到着したミカエルは、「現場の状態が悪い、・・・下手な捜査だ」とボヤキながらも現場に残った痕跡を調べ始める、何か細い糸のようなものが何本もあり“役人が見落としたらしき遺留物か?”と思えて証拠物の一部に加える。 だが、証拠物件としては不十分だ。 更に、現場検証を進めていき“これは・・・?”目に入った痕跡が気になり現場付近に捨ててあった新聞紙を見つけ対角線に折りその長さを利用して傷の位置を特定してメモを止めたに過ぎなかった。 そして、被害者に会いに行くために現場を離れた。

被害者の家に向かう途中、近くに点在する他の現場にも足を運び入念に捜査を進めたが、大半の証拠物件らしき物は役人が持ち去った後だった。 

 

被害者の家に着いたミカエルは、被害にあった男性に会うことが出来た。

「君があの探偵か! 役人より痛たた・・・」傷を負いながらもミカエルを歓迎してくれた。

「ああ。 傷に触る無理をするな、すまないが昨夜の事を詳しく教えてくれ」早速質問を始める。

「仕事仲間からに無人のはずの倉庫からおかしな音をよく聞くと話を聞いていて気になっていたんだ」返事が帰ってきたので「倉庫とは街の南の城門付近に問屋が利用しているあれでよいのか? 地図で記したこの辺りか教えてくれないか」ミカエルは確信を持って地図を取り出した。 地図を見た男性はミカエルが目星をつけた倉庫を示したので聞き出してメモにある唸り声など調書に記した内容の回答を得る事ができた。 そして、現場で押さえた物証を提示し意見を求めてみると。

「が昨夜、突然襲われて逃げる時に男と揉み合って、それを振り切った時にこの布を掴んだままだったったんだ・・・役人より、噂のあんたがいつか来ると思って黙っていた。 犯人を捕まえてくれ」

そう言われて男性から犯人が身に付けていたらしい布の一部を受取った。一連の作業を終えて家を後にして考え事をしながら歩いていた。

昨夜の犯人の動機は判明したのだが、本来の動機の確証を得る事はできなかった。 周囲の者達の記憶が薄れる前に各現場付近の聞き込みを一気に終えて書き込んだ地図上に事故現場からの逃走ルートの確証は得たので推理の結論を出し犯人の潜伏先を特定した。 動機は判明しないのだが一つの線が見えてしまい、またかと思いうんざりしたが、ハッタリをかまして誘導し自白させる作戦に切り替えて潜伏場所に向かって走って行った。

 

犯人がいるらしい場所は、市民街から少し離れた問屋などが使用する倉庫の一つであることを突き止めたミカエルは犯人グループの一員と思える二人の男に詰め寄る。

「何だ、貴様は?」突然入ってきたミカエルに向けた第一声である。

「フッ、貴様らが連続殺人の通り魔犯だな。覚悟するのだな」自信満々に言い切った。

「通り魔犯? けっ、知らねーな」男達も白を通そうとする。

「そうか。 全ての現場近くで見つけたモンスターらしき体毛と周囲の者の記憶に残った唸り声、間を空けずに事件を起こしただけたって覚えている者が多かったぞ。 そして、辺りの壁や路地に残った人間が武器で付けられる位置には出来ない傷跡、これは、3メートル以上高い場所で見つけたが逃走の際跳躍して逃げる時に出来た跡だ。 この布の切れ端だが、お前達のうちのどちらかが昨夜の被害者にアジトの話をどこかで聞いたこと知り口封じの為に殺そうとした、だがそれに失敗し服を捕まれて揉み合った際に生じた切れ端だろう。 モンスターだけではこの犯罪は成り立たない、バックアップをする人間が必要だ。 事件を起こした翌日は慎重にならざる得ないからな、今日の内に証拠になるような物証の隠滅を安易にすると生きていた被害者が役人に通報し周囲に怪しまれて足が付くからな証拠を消せる訳がない。 アジトにしているこの倉庫の中に服の残りの残骸が隠されている筈だ! 動機もおおよそ察しがつく連続殺人に成功したら、この国の候子の暗殺という大口の依頼に繋がるからな、どうだ?」ミカエルは最後の推論はハッタリで一気に追い詰めた。 推理は全て的中し、狼狽した男は「・・・そうだ、ロアーヌ候子はアサシンギルドでも失敗に終わる有名なガキだからな。 ギルドから出る懸賞額が70万オーラムまで値が上がっている大口のターゲットだ、成功したら大金と名誉が手に入る! 役人でもない貴様が嗅ぎ付けるとは一体誰だ?」

二人のうち先に開き直った男が逆に問いただす。

(私の懸賞額はたった70万オーラムか・・・安い、安すぎる)ああ、私か。 貴様らに名乗る必要はない、通りすがりの探偵だ」自分に掛けられている懸賞額は小勢力の国家予算並なのを知っていてそれを棚に上げて金額の安さにショックを受けた。 だが、すぐに気を取り直して自信に満ちた笑みを浮かべて、決めゼリフを言ったミカエルである。

「くっ、貴様が巷で噂になっている探偵か! ただのガキじゃねぇか!! 知られたからにはここから帰さねぇ。 俺達を敵にした恐怖を教えてやるぜ。 先生、お願いします」

男の一人は先生と呼んでいるモンスターを呼び出した。

犯人の獣人系のモンスターと裏で操っていた男達と戦闘になったが、父と遠征に出るようになってからはモンスターとの戦闘に慣れていたミカエルは、すぐにエストックを抜き放ち構えた直後にモンスターの鋭い爪が飛んできた、攻撃をかろうじて横に飛んで避けて小剣の構えを崩さずに体勢をすぐに直してアクセルスナイパーを放つ。 だが、モンスターにガードされ大きなダメージは与えられず、カウンターの回し蹴りが飛んできてかわしたつもりだったが腕に鋭い痛みが走った。 しかし、ミカエルは怯まずモンスターに向かって真っ直ぐ走り出す。一方、モンスターも大きく腕を振り上げてミカエルを迎え撃つが切り裂いた場所にはなにも無く空気を切っただけだ、ミカエルは爪の軌道を見切り右に飛び、武器を生命の杖に持ち替えて左足を軸にわき腹を掠めるくらいギリギリの距離をすり抜けてその回転力とスピードに遠心力を利用して背後に周りこみ右足で踏み込み通常より倍以上のハードヒットを当ててクリティカルヒットとなり大ダメージを与えた、動作が鈍くなったようでもモンスターの攻撃はまだ続き、鋭い爪を大きく振り上げ薙ぎ払うがそれを避けて大きな隙が生じて、急所に向けてスネークショットを決めて倒した。 戦闘中に男は毒矢をミカエルの脇から弓の狙いを定めていたが、ミカエルがモンスターを倒し男の視線に気が付いた時には、矢が放たれようとしている。 ミカエル絶体絶命のピーンチ!!

 

―――だが、その時!!

倉庫の窓からロープをしっかりと握ってターザンとは違うが『アイヤーッ!!』という気合いの入った声が聞こえたと同時に乱入者が体当たりをぶちかまして弓を構えていた男は倉庫の隅まで吹き飛ばされてしまった。

ミカエルは、目の前で起きた光景をいかにも計算外だという目で、ただボーゼンと眺めるだけだった。 窓から飛び込んで来たのは、なんとバーで知り合ったばかりのブラウンだった。

「おう、兄ちゃん。 危なかったな。 一人で突っ走って行くもんじゃあないな〜」

一見、心配そうに言っているように見えるのだが・・・、彼の視線の先には先ほど体当たりをした犯人が伸びている。それをどこか遠い目で見ている限りいかにも“わしがこいつをやっつけたんだぞ! イエーイ♪”と自慢げに目を輝かせながら語っているのが一目瞭然はっきりと判ってしまう。

「ご老体、助けて頂いて感謝しています。 ・・・ですが、窓から飛び込み、そのまま勢い良く体当たりをするような危険な行為はよして下さいっ! 外れた時、貴方が怪我をされるのだぞっっ!!」

ミカエルも助けられた礼を静かに述べた後、間を置いて再び口を開いた時には沈着冷静さは何処へやら語気がだんだん荒くなっていき、とうとう青筋を立てて怒鳴り声になりながら注意をしたのだった。

「はっはっはっ、そんな恐い顔をしなさんな、いい男が台無しになっとるぞ・・・いや、いい男と言うにはまだまだ子供じゃな。 それに命あってのモノだろうて、腕を見せんかこりゃいかん。 深い傷ではないか血もかなり流れておるぞ」ブラウン爽やかに笑って誤魔かして腕の手当を始める。 

「それに、街の皆を救ってくれとる兄ちゃんの危機にわしらが何もせずにじっとしていられるかい」と、言うなり倉庫の周りには彼の酒飲み仲間の男達が集まっていて、にやけている者やピースしている者などしていた。

もう一人の男は、あっという間の逆転劇を茫然と見ていたのだが二人の会話の隙に走り出した、ブラウンはとっさに「ほれ、お前さんも追いかけんかい! 街のみんなが応援しとるからな」と傷の手当てを終えるなりそう言ってミカエルを急き立てて、逃亡者の後を追わせる為に走らせた。 走り始めたミカエルに歓声を上げる野次馬達を他所に、ミカエルを見送った彼は何事が呟き気絶した犯人らを捕縛し、飲み仲間に侯爵直属の役人を呼ばせてその場を立ち去って行った。

 

ロアーヌ南部にある市民街の郊外に近い倉庫から逃げる犯人、捕まったら牢獄行きは確実だ、いや、それ以上に候子の暗殺を目論んでいた事がバレて捕まれば依頼主である政敵の男爵とギルドから逆に命を狙われる危険が非常に高い、とにかく全力疾走で走り、街を歩く人々に衝突したり物を落として、妨害工作に勤しみながら何が何でも全力で走り去って行く。

一方、逃亡犯を追いかけるミカエルも、ここで取り逃がしたら忍びの外出中は頭脳をフルに生かせる探偵の名声がいい笑い者にされる上に、次期ロアーヌ候として末代の恥、完璧なる我が人生の唯一の汚点になると瞬時に結論を出して腹を括り、犯人が作った障害を飛び越えて全力疾走で追いかける。 全力疾走の追いかけっこは、いつしか街の北部にある領主の住む宮殿の大通りまで達し、すでに数十キロもの距離を駆け抜けてロアーヌ縦断ロードレースと化していた。

走る二人はすでに体力の限界を超えて、障害物を作る余裕も無く、飛び越える余裕もないのだが最後に残ったのは意地と根性と執念だけで走っている。

だが、その競争もミカエルが若い分、犯人に徐々に追い着いてもう少しで襟首に触れるか触れないかという所で、待ち伏せしていたブラウンがあらかじめ仕掛けて置いた足者にあるロープを引っ張り犯人は見事ロープに躓いて前方に飛び転んでしまう。 

ミカエル「なにーっ!?」、ブラウン「あ、しもた」の声が同時に重なるが時すでに遅し、ミカエルはロープの巻添いを受けて哀れ全力疾走の勢いもあって前方に飛んでしまった。

ドカッ!! 「ぐぇ〜……」 

幸いミカエルは犯人の上に勢い良く転び傷は無いようだが息が荒く声は出せない、情けない声は彼の下からした。 どうやら、犯人はミカエルの下敷きになり気絶してしまった。

 ロアーヌの街の住民達に恐怖を与えていた連続殺人の犯人全員はミカエルに捕まる事によってようやく事件が解決した。

 

夕方、執務室にてフランツが側近から受取った城下町で起きた連続通り魔逮捕の報告書を見るなり、ミカエルの外出時は大抵事件が解決しているから今回も息子が絡んでいる事を察し、役人や兵士にとっては良いカンフル剤になるとだろう結論を出して、今後も息子の外出は黙認する事にした。 

そして、フランツは長い間共に同じ時間を過ごしている影武者を呼び外出中の留守を命じて執務室を後にした。

程なくしてフランツは帰って来たようだ、影武者は彼の身なりと手にしている物を見て絶句した。そんな影武者を見るなりフランツは満面の笑みを浮かべて笑いながらこう言った。

「はっはっはっ、そんなマヌケそうな顔をするな。 私はもっと男前だぞ、しゃきっとしたまえ。 ほら見ろ〜、住民達を悩ませていた殺人犯をミカエルが見事に捕まえた新聞の号外の数を! あの憎っくきゴドウィン男爵どもに傾倒する兵士や役人達を出し抜いてだ。 これも切り抜いてファイルに追加しておかないといけないな」

フランツの影武者はまた親バカな話が始まったかいと思いながらもフランツが人となり二人の子供が側室の生まれだけで反対勢力による暗殺者から命を狙われ続けて辛い思いをさせてしまっている分、深い愛情の現われなのだろうと思っているのだが・・・。

「あの、あの・・・殿下。 その格好は?」やっとの思いで口にした。

「ああ、これか。 街では飲んだ暮れのブンさんと呼ばれていてな。 街の若い娘にも結構人気があるぞ。 ミカエルもこの変装だけは見抜けないようだ」ロアーヌ候フランツはお気楽に答えた。

事件に関与していたブラウンとは現ロアーヌ侯爵フランツだったのだ。

たまたまお忍びの外出中に息子も外出している所を偶然発見して様子を見ていた所、連続通り魔事件の捜査を始めたので気が付かれないように尾行をしていたのだ。

側近からの報告書に、息子が外出しているらしい時に限って難航していた事件が全て解決している書類が増えていくので息子の探偵ぶりを直接見てみたかったようだ。

「殿下。 その格好のまま・・・と言うことは?」影武者は判りきっている事をあえて聞いてみる。

「城下町のバーで息子のヒーローインタビューと祝賀会を兼ねた大宴会やっとるからな。 人付き合いの少ない息子にとっては良い経験にもなるが助け舟が必要だろうて。 止めても無駄だぞ、当然私も行くぞ!」気合いの篭った返事が返ってきて影武者は肩をガックリと落としたのだった。

 

 翌日、アウスバッハ親子・・・特にミカエルは宴会でビール掛けの洗礼を浴びて、二日酔いが酷いのだが完全主義の性格が手伝って吐き気と頭痛に街を全力疾走で縦断した筋肉痛とも戦いながら、それを一切表に出さないよう懸命に戦いながら執務をこなしていた。 

しかし、ミカエルはあの事件以降、酒場でよく一緒に飲み交わすようになった彼の正体を9年先に父が急死するまで知る事は無かった。

 ミカエルが侯爵位を継いだ後、父の机の中から新聞の切抜きの膨大な量のファイルを見つけ、愕然とした。 外出中、自分の行動が全部バレていた事を・・・だが、死を悟ったフランツは最後の切抜きのページに記してあった一文を見つけた。 それは、息子に宛てたメッセージだった、

――9年前、あの通り魔を追いかけさせた時、『遠くない未来、お前が守るこの国の中心地を思いっきり走って来い!』と言って送り出してやりたかったが正体を知られるも問題があるから言うことができなかった。 だが、これから先どんな困難が訪れようともお前なら必ず切り抜けられる。 がんばれよ、私の自慢の名探偵”だった。

「バレていたのか・・・」執務室の片隅で彼の影武者は、ミカエルの呟きを最後まで聞き取れなかった。

 

 

 影武者は、あの事件を未だに街中のいたる所で語られている事を知り、深い溜め息を吐くのだ。 

そして、事件が起きれば首を突っ込みすぐに解決させてしまう主君の活躍ぶりを報告書や諜報活動中各地で聞く噂が増え続けるたびに影武者は“フッ、頭脳を有効に使わぬと無駄だろうと、さらりと言ってのけた殿は、国王と探偵・・・どっちが天職なんだろう?と首を傾げてしまう。

ふと外出中のミカエルに思いを廻らせていると昨夜の出来事を思い出す。 

内政固めを急ぐ目的で夜半遅くまで施政の資料や書類に厳しいチェックやサインを入れている主君の元に諜報活動を終えて帰還した彼は報告をした。

『殿。近日、ツヴァイク公爵がロアーヌ候国へ来訪の動きがあります』と、旨を伝えた。 

『・・・・・・そうか。 ツヴァイク公爵の来訪目的は大よそ見当がつく』

書類に目を通しながらミカエルは静かに答えただけだった。 しかし、影武者は“ん? 今の間は何だ?”と気になって聞こうとしたのだが。

『どうした? 今日はもう遅いからゆっくり休むと良い。ご苦労だったな』と、優しい口調で労われてしまい機を逃してしまった、殿の優しい口調も妙に怪しい・・・と今になって気が付いた影武者だった。

 部屋の外から人の気配を感じ回想をひとまず中断し、机に戻り側近から報告書を受取る、あまり読みたくなかったのだが内容を思わず読んでしまい後悔した。 どうやらミカエルは外出前に、先日設立されたばかりであるモニカ姫の護衛部隊プリンセスガードに入隊したユリアンを待機室で暇そうにしていたのを見かけて彼を連れ出したようだ。 そして、反乱時に起きた主に貴族の屋敷から盗まれた盗難物の盗みの手順と輸送ルートのトリックをすぐに解き明かし、ミュルスの港にある倉庫を割り出して深夜行う予定だった盗品の密輸売買準備の現場を押さえて窃盗団全員を逮捕したようだ。 だが、そこまではいつもの事とさほど変わらないので良い。 送られてきた報告書には以下の続きが記されている。 窃盗団全員を取り調べるべく牢獄に連行しようとしたのだが・・・、犯人全員が全治3ヶ月前後の重症で牢獄より先に病院送りになってしまったのだ。 

影武者は、これは絶対に殿とユリアンがやったに違いないと自信を持って確信をした。 主君ミカエルが最愛の妹モニカ姫の縁談話をおそらく予備情報として護衛のユリアンに話を進めていく内に二人共マジギレして犯人全員を容赦なく完膚なきまで叩きのめして牢獄より先に病院送りにしたのだろうと見当が付く。 となると、昨夜の返答前の“あの間”にミカエルがすでにキレていた事を悟った。 

影武者も自分に向けるのではないのだが、モニカ姫の兄を気遣う優しい笑顔を見るのは好きで癒される時もある。 その彼女がお輿入れをされる相手が寄りにもよってあのツヴァイク公爵のご子息だと判り、彼もまたモニカを妹のように愛しく思っている分、許す事が出来ない。 そう思うと二人に次いで自分もキレて暴れたい誘惑を懸命に堪え、盗賊が相手なら被害届は到底来るワケがないことに目をつけて、ユリアンと一緒に大暴れをした主君の計算高さに感服した。 現在、聖剣マスカレイドを奪還するべくロアーヌを離れているカタリナさんがもし、この縁組話を知ったらきっと無理を言って殿に加わって全治3ヶ月では済まされない大惨事になっていただろうと思い至り、しばらく身震いが止まらなかった。 そして、“殿のキレっぷりに期待するしかないのだろうか・・・”と縁談の破棄を切に願う影武者だった。

 

その頃、ロアーヌへ帰路中の二人は・・・。

「ミカエル様の推理はすごいです! オレもあんな風に困った人を助けたいです。 盗賊相手の戦いもカッコ良くて感動しました!」ユリアンは目を輝かせて一気に捲くし立てた。

「フッ、そうか。 お前の剣捌きも目を見張るものがある。 ハリードがモニカの護衛部隊にお前を強く推薦した意味が良く判ったぞ」ミカエルも涼しい笑顔でユリアンに賞賛の言葉を浴びせている、二人の間には主従関係と言うものが存在するのだが奇妙な友情が芽生えつつあるようだ、だが。

「でも・・・、本当にモニカ様のあの話が本当になると・・・」

辛くてそれ以上の言葉が続かないユリアンである。

「・・・それ以上は言うな。 思い出すだけでも腹立たしい!」

ミカエルは、最愛の妹の運命と忘れていた疲労がどっと押し寄せて投げやりになり怒り出した。

「・・・はい。 でも。でも、オレ、ミカエル様ならモニカ様の運命を何とか変える事が出来ると信じています。 いいえ、変えてくれます! オレ、その為なら命もいりません。 なんだってやります! モニカ様を助けてください!!」

ユリアンは神にもすがる思いでミカエルに泣きつき懇願をした。

「そうか。 お前もツヴァイク公子とモニカの縁談は反対なのだな。 だが、私はロアーヌ侯爵として立場上、国のために結婚をしろとしか言うことが出来ない。 兄としては無論、あのような者との結婚など絶対に反対だっ!!!」

ミカエルも一国の主とたった1人の兄の苦しい立場を見せてユリアンに答えたのだった。

「「・・・はぁ〜」」二人は大きな溜め息を吐いたが、ハモったことに全く気が付いていない。

ミカエルも、いつかは訪れる運命だと観念していたのだが、その相手が寄りにもよって自称凄腕の領主と豪語するあの奇抜なファッションセンスのツヴァイク公爵の子息で世間の評判は相当良くない。 領土拡大の野心と国を思えばそんな相手とでも政略結婚をしろと言う事しか出来ない、だが可愛い妹を不幸にしたくないと願う兄の気持ちで板挟みとなって逃げることは許されない、“・・・逃げる?”彼の頭上でピコーンと電球が光り閃いた! “そうか、その方法があったか!”ミカエルは悪戯を思いついた悪ガキのような笑みを浮かべて鎮痛な面持ちのユリアンを見るなり問い正した。

「ユリアン、先程お前はモニカのためなら何でもすると言ったな。 それは本気で言ったのか?」

「え? は、はい。」急に言われたユリアンはぎこちない返事をした。

「ククク・・・そうか。 ならばお前はモニカを連れて逃げろ。ロアーヌを脱出するまでの間、全面のバックアップは約束しよう」

ミカエルの爆弾発言にユリアンは今聞いた言葉をもう一度頭の中で反芻して聴き直し、そして足を止めた。

「え・・・ええぇ―――っっ!!!」ユリアンは思わずミカエルの耳元に思いっきり大声で叫んでしまい、ミカエルは予期していたのかしっかりと冷めた表情で片耳を押さえていた。

「それって・・・つまり、モニカ様とオレが駆け落ちをしちゃっていいんですよね?」

口にするには少々ヤバイ発言を今度はユリアンがした。

「ムッ・・・悪い言い方をすればそうなるな、だがこの際は仕方があるまい。 私は妹に絶対に嫌だと言わせるように誘導する。 お前は釜ゆでにされてようとも守るとでも言って覚悟を見せろ。 それならモニカもお前と一緒に宮殿を出る気になるだろう」

ユリアンの問題発言にミカエルは言葉を詰まらせたが、すでに逃亡計画の裏工作を立て始めて更に言葉を続けた。

「帰還の時期だが。 そうだな・・・アビスゲートの1つでも閉じれば世間はお前達を英雄視するだろから目的を達成次第、頃合を見て戻って来ると良い。 それなら強者を集めているツヴァイク公に対する外交上の言い訳の一つは立つ訳だ。 過酷な試練だが自由を得るためだ、モニカを死なせたら許さんぞ。 無論、逃亡計画はモニカには黙っていろ、命令だ。 フッ、これからの外交政策は楽しくなりそうだな。」

最後のくだりは楽しそうな独白となったが、ミカエルがここまで逃亡計画と裏工作まで立ててしまったらユリアンも覚悟を決めるしかない。

「判りました。 全力でモニカ様をお守りします! ミカエル様との男の約束は絶対に守ります!」

ユリアンは気持ちを入れ替え、そして気合を入れて答えた。

「ほう、男の約束か。なかなか良い言葉だな。では頼むぞユリアン。男の約束だ。」

普段聞くことがない新鮮な言葉を耳にしたミカエルは素直に感想を述べて、約束を交わしたのだった。

宮殿に帰還後、ミカエルは影武者に早速逃亡計画の詳細と裏工作を説明して必要な情報収集を命じた、影武者は喜んで逃亡計画に加担したことは言うまでもなかった。

だが影武者はまだ知らない、主君ミカエルと部下に過ぎないユリアンの間に奇妙な友情が芽生えて男の友情に進化してしまった事を・・・。

 

数日後、ツヴァイク公爵がロアーヌへ来訪して正式にモニカ姫の縁談話が持ち出された。

だが、兼ねてから二人の逃亡計画が立てられていた事により、縁談は破棄される方向に流れて行きアビスゲートが閉じた後、ロアーヌがビューネイに襲われる事件も起きて縁談は正式に破棄となった。

 

アウスバッハ家には、まだまだ語られない多くの謎があるようだ。

                                           

                                           

  ―FIN―

 

 

コメント

 

初めまして、坂本あきのです。
とんでもなく長い話になってしまい、ここまで読んで下さりまして、どうもありがとう御座いました。
ミカエル様の推理小説を目指していましたが、色々なネタが加わってお笑い小説になってしました。(―_―;)

推理小説って難しいです、戦闘シーンも書いた事が無かったので、とんでもなく無謀な挑戦をしましたが良い勉強になりました。
先代フランツ候に関する資料はプロローグや練磨の書で見る限りだと、あんなお気楽でミーハーな人にしていいのかなと思っています。(ファンの方すみません)

フェルディナントは元々戦士なので、その血を引く子孫の彼らもお城暮らしに窮屈さを感じるのではないかと思いました。 先代もきっと影武者がいただろうと思いますがどうなんでしょうね。

ユリアンとモニカの駆け落ちイベントなんですが、あの計算高いお兄ちゃんが野放しにしておくとは到底思えなかったので逃亡計画を立てていたのではないかと思う時があります。

逆手に取って逃亡計画の裏工作を書いてみました。(^◇^;)

BBSやメールなどで感想を頂けます嬉しいです。

次への大きな活力とレベルアップに繋げて行きます。
小説は書いててとても楽しいです、また新しいネタを閃きましたら投稿します。\(^o^)/

 

[ No,290 坂本あきの様 ]