〜安価な指輪に約束を〜
あらすじ
 あいかわらずロアーヌの皇帝ミカエルは外出中。そんな折、ロアーヌにかつてはあった王冠のことを聞かれ、返答に困った影武者は、昔ロアーヌ船を襲った海賊の話をカタリナから聞き出す…


モニカ姫がユリアンに惚れた理由が、俺には何となくわかる。今朝だって、朝取り野菜のような新鮮さで、俺へ口をきいてきた。おいしいやつ、宮廷が似合わないんだ。
 まじまじと、平然と玉座のミカエル皇帝を眺めまくる。見られていたのは俺だけど!
 当の本人は今、海賊の宝探しツアーにお出かけ中だ。
「何を見ている?」
「ああ、それが」
 ユリアンは少し控えめに笑うと言った。
「ミカエル様は王冠をかぶんないなって…」
 何て答えたらいいと思う? もうこいつのこと大好き! そういう当たり前のこと聞かないで…。
「行け」
 ユリアンが渋々と出ていく。
 言ったあとで俺は気になった。もう随分長いこと皇帝陛下に仕えて、あのひとの真似ばっかりしてるけど、くだらないことは意外に知らないものなんだ。でもまさか、ねぇ、王様自らが自分の王冠について尋ねるわけにもいかなくて。
 部屋へ戻って、屋根裏部屋へ直行した。きっとあのユリアンは、モニカ姫にその質問をしている頃に違いない。モニカ姫の部屋の真上で耳をすませると、案の定、声が聞こえてた。
「あの回廊の肖像画の王様たちは、おんなじ王冠をかぶっているのに…」
 ユリアンは机に座ってモニカ姫と話をしていた。行儀の悪い奴! 俺もやるけどさ。要は、王家の前でそういう態度をとるなっていうの!
「何でミカエル様だけいつもかぶっていないんですかね…」
 俺はモニカ姫の返答を待った。モニカ姫の返答で何かがわかると思ったんだ。
「お兄さまも正装すれば冠を頂くと思うけど…」
 いいや、それはない。この城のどこにも、王冠はないんだ。
「じゃ、皇位継承の時にはかぶったんだ」
 ユリアンが言った。モニカ姫はたじたじだ。
「お兄様は、冠なしですませましたわ」
 そうなんだ、俺もちょっと、かぶってみたいと思ってはいたんだけど、実はないんだ。城のどこにもその王冠が。歴史のなかにはちゃんと出てくるのに。
「でも、あるんだよな」
 ユリアンの独り言に近い台詞。モニカ姫はうなずいた。
「回廊の代々の陛下様が冠を頂いて描かれていますもの」
 それっきり二人は言葉につまったようだった。
 俺は屋上へ行って、ぼうっとミュルスの方角を見つめていた。遠くに海が見えるような気がしたんだ。でも、森にはばまれて駄目だった。
「ミカエル様、今回は遅いなぁ…」
 そろそろ帰ってきてもいいころなのに。休みが欲しいな…。海賊ツアーなんて、そんなに面白いのかな…?
「ミカエル様」
 後ろから声がした。カタリナさんだ。強い風邪に揺らめく髪。その、長い綺麗な髪に触れられたら…。
 まてよ、このひとなら知ってるかもしれない。
「ここは少し、暑くありませんか?」
 微笑んで、俺を見る、美しい人。十億年分くらいの片思いをしちゃってるこのひとなら、王冠のことを知っている可能性がある。何にろあのひととロアーヌのためだけにヒートアップし続けている女の人だから。
「今朝だが…」
 話題を切り出されただけで嬉しかったんだろう、確かにこのあたりは熱すぎるかもしれないと本気で思った。
「何でしょう?」
 質問の内容を変えたくなっちゃう。「何でそんなに照れてるの?」って。
「今朝、王冠のことをユリアンに尋ねられた」
 そこで言葉を切って、カタリナさんの様子を見ることにした。
 カタリナさんは俺と一緒にミュルスの方向を見た。
「思い出しますね。お妃様、本当に綺麗で」
 俺は横を向いて、カタリナさんを見た。片思いって、どんなんだい、カタリナさん。俺が人を好きで、それを告げられずにいるような時と同じなのかな、女の人も。
「すみません、辛い話を…」
 カタリナさんが話をやめようとしたので、俺は首を振ってそれを制した。
「おまえの話を聞いていたい」
 俺の直感。このひとは知っている。平気だから話して。辛い話なんて俺にはない、俺は当事者じゃないんだ。傷つくことなんて、ないんだよ…。
「先王フランツ様ご夫妻の、婚礼10年の祝祭でしたね。
 わたしはここに立っていたんですよ、この辺りは兵士がずらりと並んで」
 カタリナさんは嬉しそうに話しだした。
「夜はミュルス沖で船を浮かべて、親しい者同志でダンスを…」
 そこでチラリとカタリナさんが俺を見た。俺は察した。
「…一緒に、踊ったな」
 カタリナさんの笑顔が明るくなった。あぁもう、そんなに好きなら言っちゃえばいいんだよ…駄目? …駄目なの、そう、残念。
 だけどそんなあんたを追っかけて、追いつめて、キリキリ切羽つまらせて言わせてみたいと思っている俺は罪人なのかな…? このひとは言わずに年をとっていくつもりなのかな? もし明日、世界が終わっちゃうとしたら? もしこの俺が今、あんたの胸を突いて殺すよと言ったら…? それでも黙ったまま眠りにつくつもり? 墓のなかまでその秘密をたずさえていくつもり?
「まさか海賊にとられるなんて」
 ふうん、海賊。…海賊?!
 カタリナさんを見つめるあまり、聞き逃していた。海賊だって? パーティーに?
 俺が冷静さを保って平然とし続けるのに使った労力、想像がつくだろうか。
 カタリナさんは続けた。
「お妃様はお腹にモニカ様がおられましたし、もう大変なさわぎでしたね。
 私がもっと強くて、みなさんをお護りできたらよかったんですけど…」
 そんな、カタリナさん、ずっと昔の話だよ?
「おまえはまだ6っつだっただろう?」
「いいえ、7つでした」
 あれ? 俺は頭をひねった。
「…そうだったな」
 言いつつ、計算する。婚礼10年の祝祭は今から…、だから、…で。まぁ、後でいいや。
 そこで俺は、今回のミカエル様の旅の理由を発見したと思った。王冠がいっまロアーヌにないのも、その理由を知るものが口を閉ざすのも。当たり前だ、国の歴史的な宝が海賊などに奪われたとあれば…。あのひとったら、取り返しにいったんだろうな。
「ああ、大変な騒ぎだったな」
 俺の言葉に、カタリナさんはうなずいて言った。
「死者がなくて良かった。でも、沢山の宝石が奪われて…」
 そうだよね、王冠が奪われたとあれば、名誉にかかわるもんな。
「他言無用だったから、モニカ姫はご存じないんですよね?
 やっぱり一度は話したほうがいいかしら…」
 そりゃそうだ。っていうか、誰も話してあげなかったんだ…。
「でも、何でなんです?」
「何がだ?」
 カタリナさんが俺を見ている。まぶしいくらいだ。
「お妃様の手袋がとられたとき、奪い返そうとして海賊に殴られた…」
 手袋だって?
「どんな宝石をとられても、平然としていらしたのに」
「…母上の手を乱暴に引いたからな」
 適当に答えたわりには、カタリナさんは満足だったようだ。照れくさそうに、俺へ尋ねた。
「もし海賊が私の手を乱暴につかんだら…?」
 殴るだろうね、俺は。その場にいる全員をなぐちゃうだろうね。
「お前は剣士だ」
 自分の声がひどく冷たい。
「自分で守れ」
 カタリナさんは寂しそうに笑うと、この場を離れた。ひどく殺風景な景色だけが俺を取り囲んでいた。
 俺はこの場にいられなくなって、部屋へと逃げるように帰った。

 夜になるのははやくて。俺は部屋でのんびりと、さっきの計算をしていたんだ。
「結婚10周年の祝いだったんだから、あのひとは9歳だろ…?
 じゃぁ、カタリナさんは6歳のはずじゃ…?」
 俺は紙に書いてみることにした。計算してみる。
「あれ?」
 ちゃんと計算してみると、妙なことが判明した。結婚10周年のお祝いの時のミカエル様の歳が10才…。っていうことはあのひとがいたからお二人は結婚を…?
 そのとき扉が開いて、ミカエル様が帰ってきた。
「ごくろうだったな、休んでいいぞ」
 さっさとクローゼットに荷物を投げ込み、隣の寝室へ入ってしまった。
 俺は鞄を開くと、中身を調べた。ロアーヌの王冠を見てみたかったんだ。中からは女物の手袋が見つかった。それ以外はあのひとの者で、何もない。手袋をひっくりかえすと、宝石もついていない、プラチナの指輪が転がり出た。
 安物だね…。俺は呟いた。
「何をしている?」
 俺はあわててそれをしまおうとしたが、遅かった。
「片づけようと…」
 そう言ったのに、ミカエル様にはだいたいのことが見えているらしい。
「捜し物は見つかったか?」
 俺は言った。
「王冠は?」
「あれは、私があの晩、海へ投げた」
 え…? 海賊に奪われたんじゃ…?
「海へ…じゃぁ、今は海の底に…?」
 あんまり話の展開がはやいので、俺はとまどってしまった。いっつも冷静なミカエル様はゆっくりと言った。
「王家が人質になるわけにもいくまい。王冠は身元を隠すために海へ捨てた。
 海賊は今でも王家を襲ったとは思っていなかったぞ」
 あきれた。そのためだけとはいえ、平気で冠を海へすてたこのひとが…。
「どうして今更、こんな指輪を…?」
 ミカエル様はフイと背を向けた。
「その指輪は、私の父が私の母へと送ったものだ」
 俺はまじまじと手元の指輪を見た。王様からの贈り物とは思えない、安物の指輪だった。指輪の内側には、ありきたりな愛の言葉が刻まれてある、どこにでも売っているようなリング。
「そうだ」
 ミカエル様は窓辺に立った。隣でカーテンが揺れた。
「その指輪が一番、大切だと聞いた」
 王様と結婚した女の人は、どんな気持ちでそう言ったのかな…。
 俺は先帝のお妃様の結婚指輪をこの目で見てる。あのきらびやかで品のある指輪をさしおいて、結婚記念日にこの指輪をつけてたんだ…。
 2人の結婚には反対者の方が多かったと聞いた。お妃様は貴族でも弱小貴族、地方の出身で、しかも実家の貴族としての地位を守るために皇帝陛下をたぶらかしたとまで陰口をたたかれていたらしい。
 ミカエル様は、俺の手元にある指輪を見つめている。
「本物の結婚指輪はそれなんだ」
 そう言って肩をすくめると、らしくなく笑った。
「反対はあったが、二人は既にその指輪で密かに結婚の誓いを立てていた」
 俺のなかで、カタリナさんの言葉がめぐった。『お妃様の手袋が取れたとき、奪い返そうとして海賊に殴られた』9歳の皇子様があきれたように言う。
「私は二人の愛の最終兵器だったというわけだ」
 俺は指輪とミカエル様とを交互に見た。本当に強い反対にあったのだろう、隠れて工面したプレゼントに違いない。神聖な約束に、驚きの最終兵器。まさに破壊的創造だね…あんたの親だよ、敵への対処がどこか似ている、一網打尽だったろうに。
「明日も俺が出ますよ」
 俺は言った。報告は早いほうがいいでしょ? 墓参りに行くようなら、俺がここにいたほうがいいだろうから。
「そうしてくれ、たすかる」
 そう言うとあとはいつものように、隣の部屋へ消えていった。

 次の日は、風が強い晴れた日になった。俺は空き時間に屋上へ出て、昨夜の話を思い返していた。あのひとがモニカ姫とユリアンに反対するのもわかる気がするけど、それでも絶対にと言われたら折れるんだろうな…なんて考えながら。
「ミカエル様」
 いつもの聞き慣れた声に振り向いた。カタリナさんの姿を確認する。…カタリナさんは見てたんだろうな、あのひとのことを、あの夜も。
 あのひと、負けん気が強いひとだからなぁ…何度もつっかかって、何度も殴られちゃったに違いない。
 だったらちょっと勝てそうにない。俺は悔しいような気持ちで彼女を見た。
 君の選んだ人、間違ってないかもね。
 片思いのカタリナさんにそう言ってあげたくて、言えなくて。あぁ、そんなこんなで俺もあんたも今日を終えちゃうんだ。結局俺たちはお互いを見ることもできないまま、黙って風に吹かれていた。

[ No,195  ランカーク様 ]