あの頃にサヨナラ

トゥイク半島の港町、リブロフ。
ぼくは久しぶりにこの町の景色を眺めた。
この景色はもう何年も見続けてきた景色だ。
変わったことと言えば、
初めて見た時と比べてぼくの目線が高くなったことくらい。
ぼくはいつも、君の背中から町を見ていた。
君が少しずつ大きくなって、ぼくの目の位置も高くなったんだ。
だけど、今まではそれに気付かなかった。
町を一緒に飛び出してからしばらく帰らなかったから、
久しぶりに帰ってきて、ぼくは初めてそのことに気付いた。

家のドアの前で、少し立ち止まった。
家出してたわけだし、やっぱり気まずいのかな?
ほら、勇気出して。いつもどおりに。

「ただいま!」
そうそう。

「タ、タチアナ!?一体今まで…」
なんか言われる前にあやまっちゃえ。

「ごめんなさい!ちゃんと説明するから。」

家出した理由、これまでの大冒険、出会った仲間たち。
始めは言いにくそうに、だんだんと嬉しそうに、家族に話して聞かせる。
君の話を聞きながら、途方もない経験をしてきた君を見ながら、
大人たちはどう思ったんだろう。

「あー、疲れた。久々のご帰宅なんだから、ゆっくりさせてくれればいいのに」
偉そうなことを言いながらぼくを背中から下ろして、
君はベッドに身を投げ出した。
「やっぱ自分のベッドはいいねー。久しぶりにゆっくり眠れそ〜v」
旅の途中だって毎晩ゆっくり眠ってたけど…
そう思って、ぼくはもうひとつ、変化に気付いた。
もっと小さな頃は、君は毎晩ぼくを抱いて眠っていた。
旅の間、ぼくは君のとなりか枕元で夜を過ごした。
今、ぼくが居るのはベッドから離れたテーブルの上。
分かってるよ。本当は、ずっと前から一人で眠れたはずなんだ。
君は少しずつ、大人に近づいてるんだよね。



次の日、君はぼくを背負わずに外に遊びに出かけた。
君は気付いていないかもしれないけど、初めてのことだ。
家族でグレートアーチまで旅行に行ったときは、
いったん出発してから「一緒じゃなきゃヤダ」って
泣きながら戻ってきたくらいだったんだけど…。

テーブルの上で横たわっていると、ドアがあいた。
お姉さんのベラだ。ぼくに気付いたみたい。

「あら、もう要らないのかしら、これ。
あちこち破れて、ボロボロだし」
そう言うと、お姉さんはぼくを連れて外に出た。

「はい、サヨナラね」
裏のごみ捨て場にぼくを置いて、さっさと家に入って行った。
…そっか。ぼく、捨てられたんだ。


太陽が傾き、町があかく染まり始めた。
ぼくは無造作に置かれた格好のまま、ぼーっと夕日を眺めていた。

あの子はもう一人で大丈夫。これでいいんだよね。
ぼくの役目は終わったんだ。安心して、ゆっくり眠れる。
そう、サヨナラだ。

ぼんやり考えていたら、遠くから耳に馴染んだ声が聞こえてきた。

「あっ!誰よ、こんなトコに!!」
かけ寄ってくる。だめだよ。ぼくはもう、君には必要ないんだ。

「うも〜、姉さんね。自分だってためこむタチのクセに」
ぶつぶつ言いながら、ぼくを拾ってポフポフとほこりをはたく。

「…見つかったらまた捨てられちゃうかな」





結局、ぼくはまた同じ部屋に戻ってきた。
ただ、今度はテーブルの上じゃなかった。暗い、クローゼットの奥だ。
君はバレないようにこっそり拾ってきたあと、
慣れない手つきでぼくのほころびを直してくれた。
そして見つかってまた捨てられないように、
他の宝物(ガラクタとも言う)と一緒に大切そうにここにしまったんだ。

買ってもらってからずっと、いつも一緒だった。
ぼくを振り回したりぶん投げたり、ぎゅっと抱きしめたりした。
背中合わせで歩き回った。どんな時もそばに居た。
でも、もうサヨナラだ。
楽しかった日々に、あの頃の君に。

少し淋しくて、ちょっと悲しくて。
だけど、とてもうれしいよ。



― あとがき ―

 タチアナと「クマちゃん」のお話です。NHKのみんなのうたでやっていた「クマのぬいぐるみ」という歌をモチーフにして書きました。この歌がとても切なくて、泣ける歌で。今でも大好きです。
 彼女らを初めて見たときに脳裏をよぎったこの歌からシチュエーションと、最後の二行に歌詞をお借りしました。歌の詳しい情報は…検索すればどっかにあると思います(^^;


[ No,74 motoi 様 ]