Midnight Cafe〜ミッドナイト・カフェ〜
 エレンの家で。
 夕方には止むと思っていたのに、夜中になっても雨は降り続けていた。帰るタイミングを失ったユリアンは、窓の外を眺めている。
 「泊めてくれよ」と言いかけて、その言葉を飲んだ。
 黙ったのは、今日の昼のことを思い出したからだ。

「エレン、俺達、つきあえないかな…?」

 いまエレンを見つめても、エレンは何事もなかったかのように何かを話している。いくら本気だと言っても笑われてしまった。フラレタのかな…、と外を見ても雨はやんでくれそうにない。
 エレンの傘がひとつ、出入り口にあるのをユリアンは見た。借りれば帰れるだろうけど、明日どんな顔をして返しにくればいいのかわからない。何か言えよ、とエレンを見てもエレンはそっけなくぜんぜん別の話を続けているだけだった。
 何事もなかったかのように、こんな時間まで飲んだり食べたりしている。
 好きだと言う前も言った後も、エレンの行動はまったく一緒だ。
「うわぁ、よく降ってるわね! 泊まっていきなさいよ!」
 窓を開けて外の雨音を部屋にながしながら、エレンは大きな声で笑った。こんな二人のままでは、フラレタなんて思えそうもない。
 きっとトーマスとサラはBARで雨宿りしたまま立ち往生して、奥の部屋で休ませてもらっているんだねとか、他にもいろいろなことを口に出している。
 確かにお互いに黙りこくって、見つめ合って…なんてそんなのは無理なのかも知れない。でもそんなのは断る理由にならない、とユリアンは外と同じ、うっそうとした気持ちでそれを聞いていた。
「そうだ、ユリアンにも飲ませてあげようと思ってさ…」
 エレンは小さな袋を棚から取り出すと、ユリアンに見せた。
「コーヒー?」
「そう、BARでもらったの」
 しけてしまって、お客には出せないからということらしい。
「とりあえずはフライパンで煎りなおしてから挽いたって話だけど…味の保証ないわよね」
 エレンは笑いながら、やかんを炉にくべた。
 ユリアンは、窓の外とそして火をおこしているエレンの背中を交互にみつめた。窓の外はまっくらだったが、雨は少しずつ弱まっているように感じられる。もしかしたら朝日の頃には晴れていてくれるかもしれない。ひとりで家へ帰っていたら今頃は、ベットの上で自分はどんなことを考えていただろう…ユリアンはうつむいた。
 告白したことを、後悔しただろうか?
 エレンが自分の気持ちを知らされているというのに、こうして何食わぬ顔をして同じ場所で当たり前のようにしているなんて。それはユリアンが無理矢理エレンを押し倒そうなんて考える相手ではないからだろうけれども。あんまりいつも通りで、まるで昼の告白が嘘のようだった。
 炭の香ばしい香りが部屋に広がりだした。久しぶりだなぁと、ユリアンはカップを見つめる。シノンでは少しだけ手に入りにくいコーヒーは、めずらしいとまではいかなくても各家庭に常備というわけにはいかない飲み物だった。
「砂糖きらしてたわ」
 舌を出しながら、エレンは彼女自身のカップにハチミツを入れていた。
 ちょうど12時の時計の鐘が部屋で鳴った。
「夜中にコーヒーなんて」
 ユリアンは、小さく言った。ほんとうは朝に二人で飲みたい、と言ってみたかった。
「そうね」
 短くそう答えたエレンは、そんなユリアンを知っているかのように「コレが最後だから、朝の分はない」と静かに付け加えた。
 エレンが寝床へ入ってしまったので、ユリアンは自分用に出された毛布にくるまりながら、じっとカップを見つめてみる。
 二つ並んでランプに照らされているカップを見ると、「あぁ、自分はフラレタんだ」と口が小さく動いて…。
 両手で持って口へ運ぶと、ただ苦いだけの味なのに、やっぱり恋の香りがしていた。


END


[ No,195 ランカーク様 ]