黒竜の涙
砂漠を吹き抜ける一陣の風。
視界はたちまち不透明になり、褐色の肌の男は目をすがめた。

「姫…」

並ぶ、墓碑。
ゲッシア朝の歴代の王たちの眠る場所。

とても静かで、人がいるとは思えない、
虚しい廃墟。

(姫が、ここに…)

建物に足を踏み入れると、自分の足音だけが反響して、不気味で厳かだ。
時々、墓の中から死体が意志を持って這ってくる。
だがそれがかつての王たちだと思うと、剣を向けることなどできなかった。

豪奢な服を着た死人たちのそばを通り過ぎながら、何個目かの部屋に足を踏み入れる。
クッと顔を上げると、最奥にひときわ大きな墓があった。

ゆっくりと一歩ずつ、近づいていく。

初代、アル・アワド王の墓。
他とは比べものにならない威厳が漂っていた。

堂々と、その前に立つ。

「カムシーン…」

自らの愛剣の名。ただし、偽りの名。
真のカムシーンは、ここにあるのだ。

少年の頃からずっと憧れてきた名剣。多くの者がその剣のために命を落とした。

(今のオレに、カムシーンを手に入れる力があるのか…?)

墓碑に、そっと手を触れる。

ひやり、と冷たい感触。

《――なんじ、カムシーンを受け継ぐ者か?》

頭の中に声が響いた。
はっと目を見開くと墓碑の上に、美しい曲剣が現れていた。

「……オレは、」

瞬時に、様々なことが脳内を駆け巡った。

アル・アワド王の伝説。黒い翼竜。ナジュの青年なら誰もが憧れた名剣。

石の上の拳を握りしめた。
ただ一言、「そうだ」と答えれば、確かめられる。

死ぬなら、ここかもしれない。
カムシーンを手に入れるために、黒い翼竜と戦って死ぬ。悪くない。

声を張ろうとした。

しかし、声が詰まった。

《お願い、》

脳内に声が響く。
知らず、心臓が跳ねた。

《お願い、やめて》

冷や汗が首筋から背筋へ流れた。

「ひ、め」

震える唇。視界が揺らいだ。――刹那、気味悪い熱風が身をたたいた。

「ッ……」

墓碑から手を離す。
気配に気づいて顔を上げると、巨大な黒竜が壁を這っていた。

鼻先ぎりぎりのところで竜は静止する。

《……》

その瞳はあまりにも悲しい光をたたえていた。

る。
見つめ合う。自分はその瞳を誰よりも知っていた。

全身を電流がかけていく。
あとにはしびれが残り、そこから熱がわき上がる。

鋭い牙の生えそろったあぎとを撫でる。
その竜はいまにも泣き出しそうな目をしていた。

違う。
泣きそうなのは、…いや、泣いているのは、

自分――。

そのことを自覚した瞬間、意識が途切れた。



次に目を覚ましたとき、そこにはひやりとした空間だけが残っていた。

(夢、か…?)

立ち上がると、目の前にはアル・アワド王の墓。
墓碑に、そっと手を触れる。

ひやり、と冷たい感触。

《――なんじ、カムシーンを受け継ぐ者か?》

頭の中に声が響いた。
はっと目を見開くと墓碑の上に、美しい曲剣が現れていた。

「……オレは、」

知らず、笑っていた。

「 違うぜ 」

そっと手を離す。きびすを返す。
帰りは死人たちに出会うことはなかった。

建物の外をも埋め尽くす墓碑が途切れるその場所で、後ろを振り返る。

砂漠の風が、視界を不透明にする。

(やはり、噂は噂に過ぎん)

愛剣カムシーンが、
手のひらの中で煌めいていた。


Fin.

[ No,734 桜木せつら ]

-コメント-
ドラゴンルーラー黒=ファティーマ姫の説を見て書きたくなりました…。
この等式切ないです…(自分的に

自サイトの転載です。すみません;